2023.7.10

『ピアノの本』Piano Communication Magazine No.283 7-9月号

クライアント 株式会社ヤマハミュージックジャパン

発行所 株式会社SCRコミュニケーションズ

 

フリー冊子『ピアノの本』の表紙イラストレーションを担当しています。

 

 

 

283号はフランスで1871年に設立された「国民音楽協会」がテーマです。

19世紀フランスではオペラが流行し、

交響楽や器楽はほとんど興味を示されませんでした。

 

そこでサン=サーンスをはじめ

フォーレやフランクといった音楽家たちが協会を立ち上げ、

お互い協力しながらコンサートを開催し

フランス人ならではの音楽を追求していきます。

 

 

 

協会は「アルス・ガリカ(ガリアの芸術)」という標語を掲げ、

会員同士で費用や人手を協力し合いながら

フランスの音楽を人々に広める活動をはじめます。

「ガリカ」とはローマ時代のフランスの呼び名です。

協会の設立の背景には、普仏戦争でフランスが

プロイセンをはじめとするドイツ諸国に敗北したということもありました。

 

1870年にはじまった戦争は71年1月に終結します。

首都のパリが包囲されフランスが降伏する形でした。

その後国民音楽協会が設立したのは一ヶ月後の2月でした。

当時のナショナリズムの高まりの影響が大きいことも感じられます。

 

 

 

サン=サーンスは気難しく人に対して辛辣な態度を普通にとっていたので

決して付き合いやすい人物ではなかったようですが、フォーレは親しくしていました。

二人がやりとりしていたたくさんの手紙や

フォーレが描いたサン=サーンスの似顔絵なども残っています。

 

 

ちなみに絵の右下にむくむくの犬がいますが、

この子はサン=サーンスが飼っていたデリラという犬にちなんでいます。

2人の子どもを失い妻とも別れた彼のそばにいたのがデリラでした。

 

なんと当時大人気だったポートレート写真家の

ナダール(風刺画も有名)にデリラの写真を撮ってもらっています。

 

また彼らが活躍した19世紀末から

第一次世界大戦が勃発する1914年までのパリは

ベル・エポックと呼ばれた繁栄の時期でもありました。

産業革命が進み、都市型生活・消費文化が生まれ

1900年には大規模なパリ万博が開催されました。

 

 

このころのカフェはサロンの役割も果たし、

多くの芸術家が集まり交流する場になっていまいした。

サン=サーンスやフォーレ、フランク達も

カフェでくつろいだり音楽の話をしていたかもしません。


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